結婚相手の選択の条件と方法

ところで、結婚についての正しい考えとは何か。それが、本書第一部で解明した現代の結婚のすがたに対する、正しい瑚解であることはいうまでもありませんが、その復刊をかねて、その要点を左にあげることにしましょう。
結婚が法によって規制される家族制度であることの理解。ここから、結婚がたんに結婚する二人だけの問題ではないことの認識が生まれます。
結婚の相手が家族人であることの理解。ここからは、和手をたんなる仙人と錯覚することがあやまりである、という認識が生まれます。
現代社会の原則と、現代の結婚とのあいだに存在する矛崎についての叩解。この理解がなければ、現実の結婚生活や社会生活を調整してゆくことが不可能となるでしょう。
結婚が私有財産制にもとづく経済制度であることの理解。ここからは、経済的条件を無視して、結婚をたんなる愛情による結びつきとしか考えないような無謀が、事前に防止される可能性が生まれます。
以上が、現代の結婚について正しい考えをもつために必要な理解の最低の条件といえるでしょう。
結婚の相手がこれらの条件をそなえているかどうかがわかるのは、話合いによってであることはいうまでもありません。
あなたはここで→出会った人に対して、自分の理想を演じずに本当の自分をぶっちゃけられますか?
結婚についてどういう考えをもっているのかを話し合うなんて、とおもうひとも少なくないかもしれません。
しかし、どんな小さな事業でも、二人以上の人間が協力しておこなおうとするときは、おそらくだれもが、その事業についての考え方を事前に話し合うにちがいありません。
まず他のいかなる事業よりも密接な協力によらなければならない大事業である結婚が、それについての考え方を話し合わずにおこなわれるとしたら、これほどおかしなことはない、といわねばなりますまい。
ただおかしいというだけですむならまだしも、その結果が、結婚を失敗にみちびく可能性を強めることが明らかである以上、このことはまことに重要であるといわなければなりません。
変換 ~ 013

恋愛結婚

だいたい、媒酌結婚という形式は、昔のぱあいのように、家と
家との結婚のぱあい、用いられた方法のように思われます。そこでは夫と妻の愛情などという問
題よりも、家と家との縁組、あるいはまた家をたやさないということがいっそう重要なことがら
だったように思われます。ところで、結婚というものの本質が、家と家との縁組みやなにかでな
く、未来の夫と妻との愛情のなかにあるものとすればIそしていうまでもなく、こういう考え
方こそ現代的なものなのですが、l愛しあったふたりが、そういうふたりのみが結婚する恋愛
結婚こそ、ほんとうの結婚の仕方ということになると思います。つまり、愛の理論からすれば、

結婚は恋愛結婚であるのが本当なのです。
ところが、こんなふうにいいますと、昔ふうなオトナ達はすぐこういうのです。(つまりさきに
あげた第一の論点を第二の論点のなかへ引きずりこんでしまうのです。)見合で結婚したって、や
がて愛情がわいてくるではないか。そしてまた見合で結ばれた夫婦が、どれもこれも仲の悪い憎
みあった夫婦になるわけではないではないか。’たしかに、そうともいえるのです。けれども、
肉体的にまず結ばれて見よ、そうすれば、愛情が自然にわいてくるだろうという議論は、いってみ
れば、ハッピイ・エンドにおわる恋愛小説をおしまいの方からよみかえして行くようなものです。
愛情があって結ばれるのが自然なのです。結ばれてから愛情が湧くというのは不自然でもあり、
さらに偶然をアテにした考え方のようにも思われるのです。
ここを読んで理解したらここ→結婚相談所 比較 で素敵なパートナーを探しましょう。

020

見合結婚か恋愛結婚か

これはいまでも若い人々のあいだでしばしば論じられている問題で
す。このぱあい、私は二つの論点をまずはっきりわけて考えることが必要だと思います。次のよ
うな二つの論点をはっきり分けて考えないために、この問題はしじゅう、混乱してしまうのです
から。二つの論点というのはl
①見合結婚がいいか恋愛結婚がいいかという問題を、結婚してからの生活、そしてその生活の
成功・不成功という点からも論ずるやり方です。たとえば、見合だって恋愛結婚だって、結局は
大差ないものだ、結婚して十年もたってしまえば、媒酌だったか、恋愛だったかわからなくなる
じゃないか、といった論じ方なのです。
②は結婿の相手をきめるのに、恋愛でなければいけないか、媒酌でもいいか、という問題なの
です、つまり、結婚生活に関するものではなくして、結婚の仕方、その入口に関する問題なのです。
若い人たち、いやオトナたちでさえ、恋愛結婚か見合結婚かという問題を議論するばあい、こ
の二つの論点は始終毒コッチャにされ、そこで甲論乙駁、しまいには両方ともワケがわからなくな
ってしまうようです。ですからまずこの二つのことをはっきり区別して考えてほしいのです。そ
こでこの二つの問題をはっきり区別し、問題を第二のそれだけにしぼってしまいましょう。そう
すると、私はいやも応もなしに、見合結婚ではなく、恋愛結婚こそほんとうの結婚のしかただと
いう結論がでてくると思います。
さらに恋愛と結婚は違うところが多いですので、
結婚相談所 選び方 ←ここで出会った素敵なパートナーをよく見極めましょう。

026

平凡な男女が結婚

平凡な男女が、結婚の点でだけ、天才的に独身論を主張するlこういう独身論はあやまって
いると思うのです。このぱあいあやまっているという意味は、何となく、そぐわないコッヶイで
ある、ヒステリックである、という意味なのです。
あなた方は、そのためには、異性も健康もなりふりも、いっさいすててかえり見ないでおれる
程の仕事を将来もつことができますか、また、その仕事にふさわしいだけの熱意と能力をご自身
のなかに自覚しますか?だったら、結婚なんかしない方がいいと思います。
けれどもおそらくあなたがたの何割かはこれだけの自信をおもちにならないだろうと思いま
す。しかも、あなた方の何割かは、進歩的に結婚なんて女性の奴隷化だと考えています。つまり、
伝統的な結婚はイヤだ、かとぃって天才的な自信もない、lこのふたつのものの間に板ばさみ
になって、あなた方の四○。〈1セントが人生の理想について悩んでいるということになるのだろ
うと思います。そして人生の理想について思い悩んでいる、はんもんしている、よくわからない
-1そういう不安定なこころの状態にたえ切れなくて、とにかく、一ばんはっきりしていること
は、あの奴隷的な結婚を拒否することなのだ、だから余事はともかく、これだけは拒否しよう、
こう性急に考えて、結婚拒否論、独立論を、それぞれの思いつきの理由で、性急に主張なさろう
とするとき、どこかでピントの狂った独立論がでてくるのではないでしょうか。
私はなにもしゃにむに、あなたがたに結婚をすすめようというコンタンではないのです。私が
こんなことを書いた理由、それは、あなたがたに割引なしに、掛値なしに、あなたがた自身を考
えてもらいたいからなのです。
素敵なパートナーに出会い系 サクラいない で、出会っても幸せに付き合うには努力が必要です。
ニイチェは女性を軽蔑し、さらに強く徹底的に軽蔑するために独身主義を実行しました。それ
はそれなりでよかったのでしょう。何故ならニイチェは天才でしたから。あなたがたは男性を軽
蔑し、男性は動物どころか下手な昆虫みたいなものだと、ある女流作家のように男性をののしり
つづけることに、女として生まれた生きがいと使命を感じますか。まるで女ニイチェのように。
だったら、それでも結構です。けれども、何だか変じゃないでしょうか。女性が男性の奴隷でな
いのと同じように、男性は昆虫ではなかろうと思います。

015

女性の経済的独立

女性はながい間、経済的に無能力者にされすぎてしまいました。だから、今日の女性がなによ
りもさぎに経済的独立を女性の悲願と考えることはけっして無理のない話だと、私もある点では
思います。けれども、だからといって、経済的独立さえあれば、何もかも満足だというのは、人
生イコール金銭的独立と考えることではないでしょうかc
私はとにかくいちおう経済的に独立しています。ところで、俺には経済力がある、だから妻も
子供もいらない、恋愛をしたければ、ちょいちょいやればいいじゃないか、家庭なんてわずらわ
しい、l私にはどうもこんなふうに考えることができないのです。できないというよりも、そ
ういうふうに考えることが、少しばかり病的にさえ思われるのです。なぜなら経済的独立という
ことだけで、私には満足できないからなのです。経済的独立という伴侶だけでは、人生はさびし
すぎるように思われるのです。一日一万円のホテルの豪華な部屋で、経済的独立をたのしんでい
る気にはなれそうもないのです。私がさびしがりやで気が弱すぎるためでしょうか。
私はとにかくいちおう仕事をもっています。けれども、私は「仕事の鬼」になるほど、仕事に
夢中になれないのです。仕事に夢中になれないのは、いうまでもなく、私にそれだけの才能がな
いからなのです。つまり、私が凡庸であるからなのです。平凡な人間が、いっさいを忘れて、家
庭も結婚も異性も金銭も社会的名誉もいっさい忘れて、仕事に自分をうち込むことができましょ
うか。少なくとも、私にはできないのです。つまり、経済力があっても、仕事があるていど面白く
っても、それだからといって、どうでも私は生涯独身でいなきゃならないと私じしんにいってき
かせる理由を、発見することができないのです。
夫婦間で問題が出たとき、複雑であればあるほど解決に時間が掛かります。
そうならない為にも、ここで→相性が合う素敵な結婚相手を見つけましょう。

018

女性の独身論

「女性独立論」とは、まず館一に、結婚しないこと、つまり独身論であり、第二に女性の経済的
独立だと思います。ところで、結婚はいやだから独身で生きて行こうというのと、結婚とか恋愛
とかそんな問題なんか二の次、三の次なのだ、私には私の果すべき使命がある、私はその使命に
生きるために結婚なんか考えないのだ、というのとでは、たいへん、同じ独身論でもちがいます。
前の方はふたりになるのがいやだからひとりでいようというのであり、後の方は、始めから私ひ
とりでやってゆこうというのです。前の方は消極的独身論であり、あとの方は積極的独身論なの
です。(そしてもしあやまった独立論があるとすれば、前の方がそれの一つだろうと思われます)
独りがいいから、独りでいるのだという立場と、二人になるのがいやだから(まあいやおうな
しに)独りでいるのだという立場とは、大へんちがいます。あなた方がかりに女性独立論を主張
するとして、そのどっちなのでしょうか。私ははっきり考えてもらいたいのです

経済的に独立できれば結婚なんかしなくてもいいという考え方があります。けれども、男性と
結婚する代りに経済的独立という身分と結婚するという考え方にはなにか不自然なものがないで
しょうか。男は、経済的独立かそれとも結婚か、などという考え方をしませんでした。またいま
もしていないと思います。それどころか、経済的に独立できたら結婚しようと思っています。い
いかえれば、男の経済的独立には、結婚ということが肯定的にふくまれていました。ところが、
女性のぱあいには経済的独立か、さもなくぱ、結婚か、という考え方なのです。なぜ、女性が経
済的に独立したから、結蛎してはいけないのでしょうか。経済的に独立できれば、結婚してもい
いし、・しなくてもいい、だから、女は自由になれるのだというのでしょうか。
経済的独立ということの目的は金銭なのです。結婚の問題は、性の問題なのです。金銭と性と、
そのどっちを選ぶのがほんとうか、なんて問題の立て方は、少しばかり、変ではないでしょうか。
かんたんにいって、両方あった方がいいじゃありませんか。
もし、ここで→出会いがない 出会った相性が合う人と結婚しても仲が悪くなったらここを思い出してください。

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